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福岡高等裁判所 昭和53年(ネ)671号 判決 1982年8月09日

控訴人

嘉穗南部衛生施設組合

右代表者組合長

坂口九十九

右訴訟代理人

石田市郎

被控訴人

上条達

右訴訟代理人

赤根良一

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文と同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。<以下、事実省略>

理由

一控訴人が、山田市、福岡県嘉穂郡嘉穂町、同郡碓井町が地方自治法二八四条によりじん芥処理を共同で行うため設立した一部事務組合で、法人であり、その所有地である嘉穂郡大字上字山ノ口八一五番地山林四九五八六平方メートルの一部(南側)にじん芥等の焼却処理施設の建設を目的として敷地造成工事を行つたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、被控訴人が、嘉穂郡嘉穂町大字大隈及び山田市大字上山田迫の谷一帯の山林原野耕地宅地のうち二万一七七八アールを採掘区域とする福岡県採掘権登録第二五七一号昭和四〇年五月二〇日福岡通商産業局登録順位一番けい石採掘権(鉱業権)を有していることが認められ、これに反する証拠はない。

二しかして、被控訴人は、控訴人が右造成工事を行うことによりけい石を採掘して被控訴人の鉱業権を侵害し損害を加えた旨主張するので、以下判断を加える。

<証拠>によれば、次のとおり認められる。

1  控訴人は、その設立の目的を達成するため、昭和四六年八月二日、その所有にかかる前記山林の一部を切り開いて本件じん芥処理施設建設用敷地とする造成工事に着工し同月三一日完工した。右敷地造成工事は、標高五〇メートル余りの小高い丘の頂部付近を、最も深く削り取つた場所で切取高一〇メートル程度に土砂を削つて低地を埋めて平地とする方法により、一方が地盤高五二メートル、他方が地盤高四八メートルの上下二段の平地からなる合計面積約五二五五平方メートルの敷地を造成し、併せて公道からの進入道路の拡幅を行つたものである。右敷地造成工事に引続いて建物等諸施設の基礎工事に取りかかり、同敷地上に事務所、車庫、管理人住宅、水槽、焼却炉、沈澱槽等の建物その他の施設を建造した。

2  右敷地造成工事を行つた場所全域が、被控訴人の有する前記鉱業権の鉱区内にあり、しかも、その対象鉱物であるけい石の上下二層に分かれて存在する鉱床のうち下位の鉱床(厚さ二〇ないし四〇メートル)を形成するけい石の砂岩の集合層一部が露出している個所に相当する。右けい石の鉱床は、78.78ないし87.78パーセントの無水けい酸を含有するかなり良質のものである。しかし控訴人の工事担当者は、右敷地造成工事が完了するまで、該地域が他人の鉱業権の採掘区域内であることも、地表にけい石鉱床の露頭のあることも知らなかつた。

そのため、控訴人は、前記敷地造成工事として、ブルトーザーを用いて高所を切り崩して低地を埋め、更に地表の土砂とともに右鉱床から切り崩したけい石を区分することなく混在させたまま押して平地を拡張した。けい石を含む土砂は、一部は進入道路の拡幅にも用いられたが、他へ搬出されたことはない。右敷地造成及び基礎床掘工事により切り崩した総土量は約一万四六〇〇立方メートルであり、そのうちおよそ一万一二六〇立方メートルがけい石の砂岩であると推計される。

3  被控訴人は、同年九月一五日頃、自己鉱区内において右工事が進捗していることを知り、直ちに控訴人に抗議したが、既に敷地造成工事は完工した後であり、建物その他の施設の基礎工事及び建設工事は計画どおり実施された。

かくして、右工事により切り崩されたけい石は、土砂とともに本件じん芥処理施設の敷地の一部及び進入道路拡幅の埋土として利用されていて、これを地中から回収し鉱物として再利用することはもはや社会的経済的に不可能ないし困難な状態となつている。

以上のとおり認められ<る>。

そうすると、本件じん芥処理施設用敷地造成工事及び同施設基礎工事によつて切り崩され埋土された前記けい石は、被控訴人においてこれを鉱物として掘採し取得することが不可能となつたものというべきところ、控訴人は、右工事は土地所有権の正当な行使としてなされたものであつて、不法行為を構成しない旨主張するので、土地所有権と鉱業権との関係について検討する。

鉱業権は、鉱区内において登録を受けた鉱物を地中から排他的、独占的に採掘し取得することを内容とする権利である。しかし、あくまでも、地中の鉱物に対する支配権にとどまるのであつて、当然には土地を使用する権能を含まないから、鉱業権者において、右鉱物を採掘取得するため土地の使用を必要とするときは、土地所有者との契約によつて土地利用権の設定を受けるか、もしくは、鉱業法第一〇四条ないし第一〇七条の規定に基づき土地の使用収益権を取得することを要するのである。

他方、土地所有権者には、本来、法令の制限の範囲内において自由に土地を使用、収益、処分する権能が与えられているから、たとえ鉱業権が設定された地域であつても、鉱業権者のため前記の土地利用権が設定されない限り、土地所有権はなんら制約を受けるものではなく、したがつて、正当な権利行使の範囲内である限り自由にこれを行使できるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、被控訴人においてその鉱業権の実施として鉱床の露頭部分から本件けい石を採掘するためには露天掘の方法によらざるをえず、したがつて、同所の地表の使用及び土地の構成物である鉱物・表土等の除去すなわちその処分が必要不可欠であると考えられるところ、右実施のため必要な土地の使用収益権の設定を受けていないものであることは、被控訴人自らその原審における本人尋問中において自認するところである。一方、これに対し、控訴人は、一部事務処理組合として設立された目的を達成するため、じん芥処理施設の建設を企図し、その敷地造成工事及び同施設基礎工事を行つたものであるから、右工事はまさに正当な土地所有権の行使にほかならない。してみれば、右工事の結果、鉱床の露頭部分から、前記のとおり大量のけい石が切り崩され、土砂とともに埋土されたことにより、これを鉱物として採掘することが事実上不可能ないし困難となつたとしても、同所につきけい石採掘の鉱業権実施に必要な土地利用権が取得されていなかつた以上、これは鉱業権者である被控訴人において受忍すべきものであつて、控訴人のなした前記各工事は被控訴人の鉱業権を違法に侵害する不法行為とはならないものというべきである。

次に、被控訴人は、前記各工事により鉱床から切り崩されたけい石は、鉱業法八条一項により被控訴人の所有に帰属したところ、控訴人はこれを擅に自己の用に供するなどして、被控訴人の所有権を侵害した旨主張するので、検討する。

鉱業法八条一項が、鉱物が鉱業権または租鉱権によらないで土地から分離されたときにおいて、右「分離」を法律要件として「分離された鉱物」につき鉱業権者または租鉱業権の所有権の取得という法律効果の発生を認める法意に照らして考えると、鉱物が土地から分離されたといいうるためには、人為的に土地を掘削し、または自然力により土地の掘削と同様の結果を生じ、もつて掘出された当該鉱物それ自体が社会通念上所有権の対象として支配可能な個体または集合体として独立性を有する状態に至ることを要するものと解すべきである。

しかるところ、控訴人のなした本件敷地造成等の工事は、鉱床の露頭部分をも切り崩したものであるとはいえ、堅い岩盤を特別の作業で砕いて集積したというようなことはなく、もつぱらブルトーザーを使用して地表の土砂と一緒に鉱床から切り崩したけい石をそのまま押し出して敷地内の低地の埋土、道路拡幅の埋土に用いているものであることは前記認定のとおりであつて、事柄自体は控訴人の所有地内においてその所有に属する地表の構成物たる表土の一部がブルトーザーに押されてならされ若干場所的に移動した、只その移動した表土中に偶々けい石が多量に含まれていた、というにすぎない。本件全立証によつても、右けい石が社会通念上土地から分離されてそれ自体独立性を有する個体または集合体と評価できる状態になつたとは認め難い。したがつて、右けい石について鉱業法八条一項により被控訴人が所有権を取得したものとは認められず、右所有権の取得を前提とする主張も理由がない。

右のとおりであるから、被控訴人の不法行為に基づく損害賠償の請求は失当である。被控訴人において違法の原因として縷々主張するところは、ひつきよう独自の見解に基づくものであつて、採用できない。

三更に、被控訴人は、控訴人が悪意で露頭鉱床から果実であるけい石を採取しながら、これを被控訴人に返還せず再採取不能の状態にしたものであるから、民法一九〇条一項により被控訴人に対しその代価を償還すべき義務を負つている旨主張するので考えるに、鉱区から採掘される鉱物がいわゆる「天然果実」にあたることは異論のないところであるが、控訴人において前記工事により鉱床から切り崩したけい石が未だ土地から分離されず、社会通念上鉱物それ自体として所有権の支配可能な対象としての個体または集合体として独立性を有する状態に至つたものとは認められないことは前示のとおりであるから、これを天然果実として独立して所有権の対象となりうるものと認めることはできず、したがつて、その余の点につき判断を加えるまでもなく、被控訴人の右主張は理由がない。

四以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求はすべて失当として棄却すべきものであり、これと異り右請求を一部認容した原判決はその限度で不当であつて、本件控訴は理由がある。

よつて、原判決中控訴人敗訴部分を取消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(蓑田速夫 金澤英一 吉村俊一)

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